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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1604号 判決

主文

一  被告柳田幸、同柳田勇四郎及び同劍産業株式会社は、原告に対し、各自、金九〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年七月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告字蓮井総業株式会社に対する請求、被告共積信用金庫に対する主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の三と被告柳田幸、同柳田勇四郎及び同劍産業株式会社に生じた費用を右被告ら三名の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告蓮井総業株式会社及び同共積信用金庫に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金八一四三万八六四九円及びこれに対する被告蓮井総業株式会社及び同共積信用金庫は昭和五四年二月一五日から、被告柳田幸、同柳田勇四郎及び同劍産業株式会社は同年七月一一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告柳田幸、同柳田勇四郎及び同劍産業株式会社は、原告に対し、各自、金八五六万一三五一円及びこれに対する昭和五四年七月一一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

〔請求原因〕

一  被告柳田幸、同柳田勇四郎及び同劍産業に対する請求(履行不能)

1 訴外新日本実業株式会社(原告と同一商号であるが、原告と別会社であつて、昭和四七年一二月一二日に設立し、昭和四八年一〇月三一日に解散した。代表取締役千賀通裕、以下「訴外新日本実業」という。)は、被告柳田幸(以下「被告幸」という。)の代理人である被告柳田勇四郎(被告幸の夫、以下「被告勇四郎」という。)との間で、昭和四八年三月二〇日、売主を被告幸、買主を訴外新日本実業とする次のとおりの建物等の売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 売買の目的物件 被告幸所有の別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)の所有権及び右建物の敷地である訴外船越もと子所有の別紙物件目録記載(二)の土地(以下「本件土地」という。)に対する堅固な建物の所有を目的とする賃借権

(二) 売買代金 金二億七八〇〇万円

(三) 代金支払時期 (1)契約締結時 金九〇〇〇万円(内訳、手付金四五〇〇万円、内金四五〇〇万円)

(2) 買主が本件土地に対する前記賃借権を取得した時 金一億五三〇〇万円

(3) 本件建物に居住する者の賃借権を消滅させ、これを立ち退かせ、かつ、右建物に対する抵当権等の負担を除去して、買主に右建物を引き渡した時 金三五〇〇万円

(四) 特約 右(2)、(3)記載のとおり、買主に土地賃借権を取得させ、本件建物に居住する者の賃借権を消滅させ、これを立ち退かせ、かつ、右建物に対する抵当権等の負担を除去することは、売主の負担と責任において行う。

2 被告幸は、被告勇四郎に対し、右契約締結に先立ち、右(一)記載の目的物件の売却処分に関し一切の代理権を授与した。

3 また、右契約締結にあたり、被告勇四郎は、訴外新日本実業に対し、被告幸の本件契約上の債務について連帯保証をした。

4 そこで、訴外新日本実業は、被告幸代理人被告勇四郎に対し、右同日、前記1(三)(1)に定めた手付金及び内金合計金九〇〇〇万円を支払つた。

5 その後、原告は、訴外新日本実業(清算人津曲源也)から、昭和四九年七月二四日、被告幸及び同勇四郎の承諾を得て、本件契約の買主の地位を譲り受け、昭和五一年六月四日、被告幸代理人被告勇四郎との間で、前記1(四)の特約(本件建物の居住者の退去、抵当権等の負担の除去等)の履行期を昭和五三年五月三一日までと定めた。

6 しかるに、次の(一)、(二)の事由により、本件契約の履行は不能になつた。

(一) 船越もと子の代理人鈴川光子は、被告劍産業株式会社(以下「被告劍産業」という。)に対し、昭和五一年に本件土地を売り渡し、同年八月一四日、被告劍産業は右土地の所有権移転登記を経由した。右契約締結に先立ち、船越もと子は鈴川光子に対し右代理権を授与した。

(二) その後、被告幸に対する右土地の賃貸人となつた被告劍産業は、被告幸に対し、同年一〇月一日、賃料不払を理由に右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

次いで、被告幸代理人被告勇四郎は、被告劍産業に対し、同年一二月三〇日、本件建物を売り渡し、さらに同日、被告劍産業は被告蓮井総業株式会社(当時の商号は蓮井産業株式会社、以下「被告蓮井総業」という。)に右建物を売り渡し、翌昭和五二年一月一三日、被告蓮井総業は被告幸から中間省略登記によつて右建物の所有権移転登記を経由した。

7(一) 被告劍産業は、昭和五一年一二月三〇日、本件建物を買い受けるにあたり、被告幸代理人被告勇四郎との間で、被告幸の原告に対する本件契約上の売主の債務を同被告と重畳的に引き受ける旨の契約を締結した。

(二) 仮に、右(一)の事実がなかつたとしても、

(1) 被告劍産業は、右同日、被告幸代理人被告勇四郎との間で、被告幸の原告に対する本件契約上の売主の債務を同被告に対する関係で引き受ける旨の契約を締結した。

(2) 被告幸には、本件契約の履行不能によつて原告が被つた損害金を支払う資力がない。したがつて、原告は、予備的に、債権者代位権に基づき、被告幸の同劍産業に対する右(1)の請求権を代位行使する。

8 損害

本件契約の目的物件である本件建物の所有権及び本件土地に対する堅固な建物の所有を目的とする賃借権の価格は、被告蓮井総業が本件建物の所有権移転登記を経由した昭和五二年一月一三日当時及びその後被告金庫が競落によつて右建物の所有権移転登記を経由した昭和五四年一月当時において、原告と被告幸とが定めた本件売買代金二億七八〇〇万円の五割増しである金四億一七〇〇万円を下らない。したがつて、原告は右契約の履行不能によつて、少なくとも、右金額から原告の被告幸に対する未払代金一億八八〇〇万円を控除した残額二億二九〇〇万円の損害を被つたことになる。

よつて、原告は、被告幸、同勇四郎及び同劍産業に対し、各自、本件売買契約の履行不能による損害賠償請求権に基づき、損害金の内金九〇〇〇万円及びこれに対する右損害金の請求の日の翌日である昭和五四年七月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告蓮井総業及び同共積信用金庫に対する請求(不法行為)

1 請求原因一の1ないし5記載のとおり。

2 原告は、被告幸に対し本件契約に基づく権利を保全するため、同被告の協力のもとに昭和五一年一二月一一日、本件建物につき昭和四八年三月二〇日付の売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由し、次いで、同被告に対し本件仮登記の本登記手続を、被告蓮井総業及び同共積信用金庫(以下「被告金庫」という。)に対し、不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項の登記上利害の関係を有する第三者に該当するので、本件仮登記の本登記の承諾をそれぞれ求めて、昭和五二年二月二四日、東京地方裁判所に本件訴(昭和五二年(ワ)第一六〇四号事件の変更前の訴)を提起した。

3 右訴に対し、被告蓮井総業及び同金庫としては、原告において本件仮登記の本登記手続をするのに必要な実体上の要件を具備し、被告幸も右仮登記の本登記手続を承諾していたのであるから、直ちに右本登記を承諾する義務があつたにもかかわらず、敢えてこれを拒む旨の答弁書及び準備書面をそれぞれ提出して不当に抗争した。

4 ところで、訴外総和実業株式会社(以下「総和実業」という。)は、被告幸との間で本件建物につき昭和四七年一二月一四日、債権額三〇〇〇万円、損害金日歩三銭と定めて抵当権設定契約を締結し、昭和四八年一月一一日にその旨の登記を経由していたものであるが、総和実業は右抵当権に基づき東京地方裁判所に任意競売の申立(同庁昭和五二年(ケ)第四三七号事件)をし、同裁判所は昭和五二年六月一六日、競売手続の開始決定をした。次いで、昭和五三年一二月七日の競売期日に被告金庫が本件建物を金一億二〇〇〇万円で競落して、昭和五四年一月一八日代金を納付し、同月一九日その旨の所有権移転登記を経由した。同裁判所は、昭和五四年二月一五日の代金交付期日に次のとおりの売却代金交付計算書(以下「本件計算書」という。)を作成し、これに基づきそれぞれ代金交付を実施した。

〈省略〉

5(一) しかして、本件計算書番号5の被告金庫の根抵当権は、原告の本件仮登記がなされた後の昭和五二年一月一三日、根抵当権者被告金庫、根抵当権設定者被告蓮井総業、債務者被告劍産業、極度額二億五〇〇〇万円、債権の範囲信用金庫取引、手形債権、小切手債権及び保証委託取引と定めて設定され、同日その旨の登記がされたものである。

(二) したがつて、被告蓮井総業及び同金庫が、被告金庫の競落による所有権移転登記をなす前に、原告の訴求した本件仮登記の本登記の承諾請求に応じていれば、原告は前記代金交付期日に本件建物の所有者として本件計算書、番号5、6の交付額合計八一四三万八六四九円の交付を受けることができたものである。しかるに、被告蓮井総業及び同金庫は前記3記載のとおり敢えて原告の請求に不当抗争し、もつて原告が右金員の交付を受ける機会を失わせた。この結果、原告は右同額の損害を被つた。

よつて、原告は、被告蓮井総業及び同金庫に対し、各自、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金八一四三万八六四九円及びこれに対する損害発生の日である昭和五四年二月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告金庫に対する予備的請求(不当利得)

1 原告は、本件建物につき、被告金庫の根抵当権設定登記に先立つ本件仮登記を経由し、右仮登記に基づき被告金庫に対抗しうる所有権移転の本登記をなすべき条件を具備して本訴において本登記手続を訴求したのであるから、右建物に対する前記競売期日前の建物所有権は実体上少なくとも被告金庫との関係においては原告に帰属していた。

また、本件仮登記は、いわゆる仮登記担保権ではないが、本件契約の不履行によつて生ずることあるべき支払済みの売買代金返還請求権ないし損害賠償請求権を担保する意味をも有するものであるから、前記競売手続には原告も参加が認められ、その場合には原告は、本件計算書、番号5、6の交付金合計八一四三万八六四九円の交付を受けるべきものであつた。

2 しかるに、被告金庫は、原告が異議を述べたにもかかわらず、法律上の原因なくして、悪意で右金員の交付を受けて利得し、これによつて原告は右同額の損害を被つた。

よつて、原告は、被告金庫に対し、不当利得返還請求権に基づき、金八一四三万八六四九円及びこれに対する右利得の日である昭和五四年二月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

〔請求原因に対する被告らの認否〕

一  被告幸及び同勇四郎

請求原因一1ないし6の事実は認め、同8は争う。本件契約が履行不能になつたことは認める。

二  被告劍産業

1 請求原因一1の事実のうち、本件土地がもと船越もと子の所有であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 同2ないし5の事実は知らない。

3 同6の(一)、(二)の事実は認める。

4 同7の事実は否認し、同8は争う。

三  被告蓮井総業

1 請求原因二1の内容となる請求原因一の1ないし5の認否は被告劍産業と同じ。

2 同二2の事実は認める。

3 同3の事実のうち、被告蓮井総業が原告の請求を拒む旨の答弁書や準備書面を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告蓮井総業は不当抗争したのではない。本件において原告主張の本件契約に被告蓮井総業は関与しておらず、したがつて、同被告は自己の経験した事実について事実に反する認否や主張をしたことはない。また、原告の本件仮登記には次のような不自然なところがあつた。すなわち、(一)本件仮登記は本件契約が締結されたという昭和四八年三月二〇日に金九〇〇〇万円もの大金が支払われたというのに、それから三年半以上も経つた後の昭和五一年一二月一一日にはじめて登記され、かつ、それも売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記であり、しかもそれ以前の同年一一月一日、被告劍産業から被告幸に対し本件建物に対する処分禁止仮処分の登記がなされた後にされたものであつた。(二)被告幸の本登記義務の履行期が到来しているかどうか不明確であり、少なくとも昭和五三年五月三一日までは履行期が到来していないと認められた。特に、甲第一号証の契約書第五条(2)項但書には、本登記の履行期は第二条(3)項の終了後、つまり最終残金三五〇〇万円の支払後に到来すると明記されていた。(三)本件契約の買主と原告との同一性に当初疑問があり、原告は昭和五三年一〇月二七日にこの部分の主張を訂正した。(四)原告が本訴ではじめて書証を提出したのは昭和五三年一〇月二七日であり、提出された甲第一号証の契約書の最終頁とその前の頁との割引が不整であり、甲第二号証の覚書は昭和四八年七月二四日の日付であるのに当初の買主である訴外新日本実業が加わつていなかつた。また、甲第三、四号証の地主の承認書及び了解書は船越もと子作成名義のものではなかつた。以上のように、原告は主張事実を十分に立証しなかつたものであるから、その主張を争つたとしても不当抗争には当らない。

4 同4及び同5(一)の事実は認める。

5 同5(二)は争う。

四  被告金庫

1 請求原因二1の内容となる請求原因一の1ないし5の認否は被告劍産業と同じ。

2 同二2の事実のうち、本件仮登記が債権担保の目的をも有した点は否認し、その余の事実は認める。

3 同3の事実のうち、被告金庫が原告の請求を拒む旨の答弁書や準備書面を提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告金庫は不当抗争したのではない。その理由は、被告蓮井総業の認否3と同じ。

4 同4及び同5(一)の事実は認める。

5 同5(二)は争う。

6 請求原因三1は争う。

7 同2の事実のうち、被告金庫が原告主張の金員の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。被告金庫は法律上の原因に基づいて右金員の交付を受けたものであつて、不当に利得したものではない。本件仮登記は仮登記担保権ではなく、売買に基づく所有権移転の順位保全のための仮登記である。したがつて、これが当然に債権担保を目的とするものであるとか、右担保を目的とするものに変つたと認めることはできない。本件仮登記は債権担保を目的とするものではないから、原告は不動産競売手続上の債権者ではない。また、本件仮登記は代金交付期日当時本登記されていないから、所有権をもつて対抗できない。被告金庫は本件建物に前記のような根抵当権を有し、その被担保債権たる貸付金元金及び損害金債権を有していたのであり、右不動産競売手続において正規の代金交付手続により正当に代金の交付を受けたものである。

〔抗弁〕

一  被告蓮井総業

1 通謀虚偽表示(請求原因二2に対し)

原告の本件仮登記は被告幸と通謀のうえなされた虚偽無効の登記である。

2 履行期末到来又は引換給付特約による本登記承諾義務の不存在(請求原因二3に対し)

(一) 被告幸の原告に対する本登記手続の履行期は原告が同被告に本件契約の最終残金三五〇〇万円を支払つた後に到来するものであつたところ、本件建物の競落による被告金庫の所有権移転登記の時までに右履行期が到来しなかつた、(二)仮にそうでなかつたとしても、被告幸の右本登記義務は原告から残代金一億八八〇〇万円の支払を受けるのと引き換えになされるべきところ、右残代金の提供が右登記までなされなかつた。したがつて、被告蓮井総業には右本登記の承諾義務はなかつた。

二  被告金庫

1 被告蓮井総業の抗弁2(一)と同じ。

2 根抵当権の被担保債権の発生(請求原因三2に対し)

(一) 被告金庫は、本件建物につき昭和五二年一月一三日、根抵当権者被告金庫、根抵当権設定者被告蓮井総業、債務者被告劍産業、極度額二億五〇〇〇万円、債権の範囲信用金庫取引、手形債権、小切手債権及び保証委託取引と定めて根抵当権設定契約を締結し、同日その旨の登記を経由した。

(二) 被告金庫は、本件建物の競売による代金交付期日である昭和五四年二月一五日当時、前記信用金庫取引に基づき被告劍産業に対し左の債権を有していた。

(1) 手形貸付による貸付金元金

〈省略〉

(2) 右貸付金元金に対する右1ないし5については昭和五二年四月一日から、右6については同年七月一日から、各昭和五四年二月一五日までの年一八・二五パーセントの割合による損害金

ア 右1の元金につき金三八〇七万三〇〇〇円

イ 右2の元金につき金七二〇万三〇〇〇円

ウ 右3の元金につき金一二〇〇万五〇〇〇円

エ 右4の元金につき金五六二万五二〇〇円

オ 右5の元金につき金三〇三万八九八〇円

カ 右6の元金につき金三一八万三二五〇円

合計 金六九一二万八四三〇円

〔抗弁に対する原告の認否〕

一 被告蓮井総業の抗弁1、2は否認する。本件仮登記を遅らせたのは、原告が被告幸を信頼し、かつ、同被告の借家人に対する立退き交渉を有利にするためであつた。

二 被告金庫の抗弁1は否認する。同2(一)の事実は認めるが、同2(二)の事実は知らない。

第三 証拠(省略)

別紙

物件目録

(一) 東京都中央区銀座六丁目一〇二番地二七

家屋番号 一〇二番二七の一

一、木造瓦葺二階建店舗 一棟

床面積 一階 八六・六一平方メートル

二階 八六・六一平方メートル

(二) 東京都中央区銀座六丁目一〇二番二七

一、宅地 一一七・四五平方メートル

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